なぜエーザイの研究者が大学発バイオベンチャーを起業したのか
大角知也氏(以下、大角):大手製薬会社を経て大学発バイオベンチャーを立ち上げ、iPS細胞技術の社会実装に取り組む福島さんは、まさにヘルスケア業界に大きな変革をもたらし得る存在だと考えています。まずは、福島さんのキャリアを簡単に教えていただけますでしょうか。
福島弘明氏(以下、福島):元々は、エーザイ株式会社で研究員生活を送っていました。大きな転機は、研究企画に関わる部署への異動。同社の海外にある研究所へ頻繁に出張するようになり、しばらくして、そのうちの1つであるボストン研究所に4年間出向することになったのです。同研究所は、抗がん剤治療をメインに研究開発しており、所員は日本人駐在員数名を除いて全員が現地採用(最大時の所員:300人超)。文化の異なる所員たちを相手にマネジメント経験を積む中で、自分の視野が広がっていくのを感じ、楽しかったのを覚えています。
帰国後は本社人事部に配属。海外事業所を含む人員削減業務も担当しましたが、自分のやりたいこと、やるべきこととのズレを感じ始めました。そこで、神経科学を専門とする岡野栄之教授(当時:慶應義塾大学 医学部長、大学院医学研究科 委員長、現:ケイファーマ取締役CSO)との関係性を背景に慶應義塾大学医学部に籍を移し 、ベンチャーを立ち上げたいという元来の目標を実現したというのが、おおまかな経緯です。
大角:ヒト・モノ・カネが揃う大企業は、研究職にとっても理想的な環境だと推測します。そこをあえて抜け出したのはなぜですか。
福島:単純に言えば、「自分でやりたい」という思いが強まったことが一番の理由です。
私自身も当初は、大企業の方が安定していると考えていましたが、大企業では能力の高い人がその能力を十分に発揮していないケースに度々気づきました。会社という組織の中では、必死にこれでもかと食らいつく人よりも、要領よくスマートに立ち回る人の方が勝ち組かもしれないと。
また、ボストンに駐在中、現地所員のマインドを学んだことも大きかったかもしれません。彼らは元々他者に依存しようとはせず、転職に対する抵抗感もそれほどありませんでした。私も、自分でやるという気持ちを大切にしようと考えるようになりました。
大角:では、起業の際「大学発バイオベンチャー」という形態を選んだ理由は何でしょうか。
福島:イノベーションを起こすには、企業とアカデミアを連携させる存在が必要だと考えたからです。
製薬会社に関して言えば、診療報酬改定の度に薬価が引き下げられている中で、20年以上も新薬が出ていない大手製薬会社もあり、新薬創出の頻度低下や開発費の膨大が大きな課題となっています。一方、研究を担うアカデミアも、知財の扱い方やビジネスに関する知見が少なく、単体で直接イノベーションを起こすことは難しい。ならば、製薬会社の立場を理解している自分がアカデミアに移り、大学発ベンチャーを立ち上げてオープンイノベーションをコントロールするのが最善の選択だろうというのが、私の持論でした。